新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による感染が世界中で拡大しています。それに伴い様々な衛生用品の供給不足が発生しています。その中の一つが消毒液です。供給不足に対処するため、米国食品医薬局(FDA)は、パンデミックの期間に限定して一時的にアルコール消毒液製品を製造するためのガイダンスを発表しました1)。日本国内でも、既存の消毒液メーカーの増産に加え、アルコール消毒液の増産設備の導入を行う事業者の採択など、消毒液の増産に向けた動きが加速しています。
今回は、パンデミック期間中にアルコール消毒液の臨時供給に関わる方、あるいは関係する方に向け、製造した消毒液中のアルコール濃度管理のため、FTIRでアルコール濃度を定量する方法を取り上げました。
なお本エントリの内容は、参考文献 5) を和訳し、一部加筆したものです。
■アルコール消毒液に関する国内法規制の状況
3/24に厚生労働省が日本医師会に向けて発行した資料によると、アルコール消毒液は医薬品と医薬品でないものの2種類に分けられます2)。
●手指消毒用アルコール:医薬品または医薬部外品です。
- 医療用および一般用のアルコール消毒剤として使用されます。
- 製造販売に医薬品医療機器法等による規制を受けます。アルコールの濃度測定も同法に準じた対応(分析機器のバリデーション・及びバリデーション基準に従った運用)が必要です。バリデーションに関する内容は、このエントリには含まれていません。
●高濃度アルコール製品:医薬品ではありません。
- COVID-19 による手指消毒用アルコールの供給不足対策として、厚生労働省から医療用に臨時利用許可が出されています。
- 次をすべて満たす製品が対象です。詳細は参考文献2) をご欄ください。
① アルコール事業法で許可された事業者が製造している。
② エタノール濃度が 70 ~ 83 vol%
③ メタノールを含まない。
- 製造販売に医薬品医療機器法等による規制を受けません。
分析を始める前に、濃度推定しようとしている製品が医薬品か否かを十分ご確認ください。
■消毒液の成分
以下の 2 つのアルコール消毒液の配合が世界保健機関(WHO)によって推奨されています3)。これらの配合はアルコール消毒液の製造業者に対して承認されてきた方法です。
- エタノール(80 % v/v)またはイソプロパノール(75 % v/v)
- グリセロール (1.45 % v/v)
- 過酸化水素 (0.125 % v/v)
- 滅菌水または蒸留水(残りの体積)
配合する際に考慮すべき最も重要な数値はアルコール配合量であり、上記の濃度が有効であることが実証されています4)。
■実験方法
較正用標準液および検証用標準液を調製するため、Sigma-Aldrich 社製のエタノール及びイソプロパノール原液を使用しました。0 - 90 % v/v のエタノール較正用標準液及びイソプロパノール較正用標準液を調製しました。全ての標準液が同じ量のグリセロールと過酸化水素(それぞれ 1.45 と 0.125 % v/v)を含み、所定のアルコール比率を含むように配合した後、イオン交換水を使用して 50 mL に調製しました。
調製したサンプルは ATR アクセサリを取り付けた FTIR で測定可能です。今回は PerkinElmer Spectrum Two+ 赤外分光光度計(図 1)を用いて測定しました。
測定条件は以下の通りです。
表1. 測定条件
測定条件 |
値 |
波数範囲 |
4000 - 550 cm-1 |
分解能 |
4 cm-1 |
スキャン回数 |
4 回 |
補正 |
大気補正 |
■測定スペクトルと検量線作成条件
2 つの異なるアルコール消毒液の検量線作成のため、ベールの法則に基づく検量線モデルを使用しました。エタノール消毒液の検量線モデルでは、第一級アルコールの CO 伸縮振動に基づく 1045 cm-1 のピーク強度を使用しました。イソプロパノール消毒液は、同様に第二級アルコール中の CO 伸縮振動に基づく 1131 cm-1 のピーク強度を使用しました。較正用標準液の代表的なスペクトル例として、アルコール濃度 80 % v/v の FT-IR スペクトルを示します。
図2.校正用標準スペクトル
80 % v/v エタノール標準液(上)80 %v/v イソプロパノール標準液(下)
検量線を図 3 に示します。エタノールおよびイソプロパノールともに、較正用標準液のピーク強度とアルコール配合濃度の間に良好な直線性が得られています。
図3.検量線
エタノール消毒液(上) イソプロパノール標準液(下)
■検量線の予測精度検証
較正の予測精度を検証するために、2 つのサンプルを使用しました。このステップでは、既知の濃度のアルコール消毒液を校正済み検量線に適用し、アルコール濃度を予測しました。検証の結果を表 2 に示します。
表2. 検量線の予測精度検査結果
モデル |
濃度 (%) |
予測濃度 (%) |
エタノール |
43 |
41 |
73 |
73 |
イソプロパノール |
43 |
41 |
73 |
72 |
■効率良く測定するために
COVID-19 によるアルコール消毒液の緊急的な増産に関わる方に向け、PerkinElmer は Spectrum Two 赤外分光光度計を利用してアルコール消毒液の定量が容易に行えるハンドサニタイザー・アナライザを開発しました。
この装置では、検量線モデルを次の 3 つの方法のいずれかで効率よく作成し、アルコール濃度管理の運用を省力化することができます。
- Spectrum Quant ソフトウェア
- Spectrum IR ソフトウェアの定量メソッドウィザード機能
- Spectrum Touch メソッドへの実装
ご興味のある方はご連絡ください。
■結論
WHO や FDA が承認した処方に従って製造したアルコール消毒液中のアルコール濃度は、FTIR(ATR法)で高精度かつ迅速に決定できます。今回作成した検量線モデルの決定係数 (R2) は、エタノールが 0.998、イソプロパノールが 0.999 であり、いずれも強い相関を示しました。この方法により、アルコール消毒液に不可欠なアルコール濃度情報を、製造現場で、測定時間 1 分以内に知ることができます。
■参考文献
1) https://www.fda.gov/regulatory-information/search-fda-guidance-documents/policy-temporary-compounding-certain-alcohol-based-hand-sanitizer-products-during-public-health (Accessed 19/03/2020)
2) http://www.hospital.or.jp/pdf/15_20200324_01.pdf “新型コロナウイルス感染症の発生に伴う高濃度エタノール製品の使用について“厚生労働省
3) WHO Guidelines on Hand Hygiene in Health Care, Part I, Chapter 12, Page 49
4) WHO Guidelines on Hand Hygiene in Health Care, Part I, Chapter 10, Page 28
5) “Application Brief for Hand Sanitizer Analysis” PerkinElmer (2020)
以下のエントリも参考になりますので、併せて読んでみてください。
第3回:ソフトを使用した定量計算について (2017/7/6)
第5回:短時間で良いスペクトルを得るための測定条件(1) 積算回数 (2019/5/9)
第9回:定量分析 ピークの定量編 (2019/8/20)
第10回:定量分析 単回帰分析編 (2019/11/26)
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